「面白いことをやっていい」空気をつくる。メディアアーツ都市・札幌が描く次世代プラットフォーム

伊藤 博之

NoMaps実行委員会 委員長
クリプトン・フューチャー・メディア株式会社 代表取締役

1965年、北海道標茶町生まれ。高校卒業後に北海道大学で職員として勤務する傍ら、北海学園大学経済学部を卒業。
1995年、クリプトン・フューチャー・メディア株式会社を設立。同社代表取締役。サウンド素材を取り扱う“音の商社”として、得意分野の“音”を探究しながらデジタルコンテンツに関わる事業を展開する中、2007年に歌声合成ソフトウェア「初音ミク」を企画開発した。
掲げるミッションは、クリエイターが物事を「ツクル」ための技術やサービス、つくった物事を発表する場を「創る」こと。
2016年よりNoMaps実行委員会委員長。2020年よりオンガラボ株式会社代表取締役。新規産業功績で、2013年に藍綬褒章を受章。
2025年に著書『創作のミライ 「初音ミク」が北海道から生まれたわけ』を刊行。

記事のハイライト

  • 公共空間を「媒介装置」に変える――札幌が再定義したメディアアーツの正体

  • 「広場を維持する」というリーダーシップ

  • 「面白いことをやっていい」空気が生む好循環


公共空間を「媒介装置」に変える
札幌が再定義したメディアアーツの正体

NoMapsはどのように生まれたのでしょうか?

札幌市は、2013年11月、ユネスコ創造都市ネットワークに加盟し、世界で2都市目、アジアで初めての「メディアアーツ都市」になりました。そのための申請書やレポートをまとめる中で「メディアアーツ都市を象徴するイベントを開く」ことが提案されました。それが今のNoMapsです。

メディアアーツというと、光と音楽、映像などを想像するかもしれません。しかし、札幌が目指していたものは少し違います。

「メディア」という言葉は「媒介する」という意味を持っています。札幌は、公園や通路などの公共空間をメディアに見立て、市民のクリエイティビティを媒介する場所として捉えました。

具体的にはどういったことが挙げられるでしょうか?

雪まつりはその最たる例です。

元々雪捨て場だった空き地に市民が雪像を作り始め、それを市が「お祭り」として多くの人に見てもらうようにしたもの。

このラベリングも、雪像というクリエイティブを見せる場としての「メディア」の役割です。

地下歩行空間も同様。中央は「通路」としての位置づけですが、その両サイドにあるちょっとした空間は「広場」という区画になっており、そこでセミナーや芸術展示、販売などができるよう設計されています。

このように札幌は、公共空間をメディアとして活用し、出会いを仲介する場として機能させてきました。これが「札幌のメディアアーツ」なのです。

そういった背景の中で、北海道が抱えていた社会課題と、それに対してNoMapsがこの10年間果たしてきた役割について教えてください。

北海道には、コミュニティ、美味しい食べ物、豊かな自然など、多くのアドバンテージがあります。

都道府県の中で面積が最も広く、農業・林業・漁業といった一次産業の生産高も全て最高水準。

しかし、取れたものをそのまま出荷することが主流で、付加価値率というランキングにおいては、十数年前、下から数えた方が早いという状況でした。

これが北海道の課題だったと思います。

付加価値をつけるのは、クリエイターの仕事です。

売り方、製品化、プロデュース、ファンディングなど、クリエイターが活躍する場が必要なのに、10年前はそういった認識があまりなかったように思います。

クリエイターが活躍することで、北海道の産業により高い付加価値を生み出し、より豊かにできるはずです。

クリエイターというのは、絵を描く人や料理を作る人だけではありません。ITエンジニアやまちづくりのスペシャリストも含まれます。

そういう人たちの面白い活動を知ってもらう場として、NoMapsが必要だったのです。

NoMapsが果たした役割は、そういった人々が出会い、掛け算的な価値を生み出すきっかけを提供したことだと思います。

注釈が入ります

NoMaps2025登壇時の様子

「広場を維持する」というリーダーシップ

NoMapsの活動を通じて、伊藤さん自身にも変化はありましたか?

NoMapsは広場のようなものです。

広場に集まってきっかけを作る人もいれば、広場で商売する人もいます。

私は広場を無償で用意する側です。私が広場で何かを繰り広げることよりも、広場を維持することで様々な人との接点が生まれ、新たな可能性が作られていくことの方が重要だと考えています。

広場ができて人が集まることで、NoMaps総合プロデューサーの五十嵐さんをはじめ多くの人がパフォーマンスを見せ、さらにそれを見に人が集まってくる。

その状態を維持すること自体が、私のモチベーションです。

では、NoMapsという広場を作ったことで、何か解消されたモヤモヤや課題はありますか?

北海道は開拓地で、戦後は北海道開発局ができて予算がついていました。

国防上の理由もあり、国が開発予算をつけ、それを建設会社が仕事として回し、その資金が飲食店やクリーニング屋など様々な業種に流れて経済が回る「官依存経済」だったんです。

そのため、北海道の人は「仕事は上から与えられるもの」という気持ちが強く、自分で営業して何かを作るという意識が薄かったように思います。

だからこそ、開発予算がなくなり自分たちで稼がなくてはならない状況になったとき、大きなギャップが生まれました。

製品を作り、それを営業して販売する。そのやり方がわからないという風土でした。

そういったモヤモヤが、NoMapsによって少しずつ解消されてきていると感じています。

付加価値をつける、価値を創出するクリエイター同士が繋がり、そのつながりからさらに新たな人が入ってくる。そういったムーブメントが、北海道の可能性を高めることにつながっていると思います。

「面白いことをやっていい」空気が生む好循環

今後、NoMapsを通じてやりたいこと、挑戦してみたいことはありますか?

メディアアーツ都市としての札幌を、札幌市民にもっと知ってもらうことですね。

例えば、オーストリアのリンツには「アルスエレクトロニカ」という世界最大のメディアアーツフェスティバルがあり、そこには市民が運営するラボがあります。

市民が市民に教えるような仕組みです。

札幌にもテクノロジーに詳しい人材がたくさんいますし、大学の先生もいます。

そういった知識が市民の活動に生かせるようなワークショップなどを、日常的にやってみたいですね。

次の10年に向けて、未来の参加者やまだ関わっていない人々を巻き込んでいくために、どんな設計が必要だと思いますか?

NoMapsは、「自分には関係ないイベントだ」と思われがちです。

しかし、もっとカジュアルに参加してもらえるポテンシャルがあると感じています。

札幌には、公園や地下空間など、人々が集まり、出会い、何かを展示したり発信したりできる場所がたくさんある。

そういった札幌らしさ、札幌の良さをうまく活用することが大切です。

そのために重要なのは、「面白いことをやっていい」「面白いことをやろう」という雰囲気を作ること。

そこに若い人が参加してくれれば、どんどん仲間が増えていくという良い循環ができるはずです。

地域イノベーションを目指す次なる世代に対して、未来へのメッセージをお願いします。

今の時代、就職できないということはありません。どこかには必ず仕事があります。

食いっぱぐれることは、まずありません。

だから、定職に就かなくても、事業に失敗しても何とかなるかもしれない。

そういう意味で、面白いことにチャレンジするハードルは下がっています。

ただ、「何が面白いのか」がわからないことが問題です。
1人でできることは限られていますが、仲間ができるとできることが増えます。
NoMapsはそういう仲間がたくさんいる場所です。
様々な人と刺激し合いながら、自分が思い描く未来の実現に近づける場所だと思います。

就職するにしても起業するにしても、まずは行動することが大切です。

人の役に立ちたい、自分がやりたいことがあるなら、それをどう実現するかを考える前に、そういう人がたくさんいる場所に参加して、コミュニケーションを取ることから始めるといいと思います。

NoMapsは、そのスタートに最適な場所です。

NoMaps2025登壇時の様子

インタビューを終えて

札幌がメディアアーツ都市として目指してきたもの。

それは技術の展示ではなく、人と人、アイデアとアイデアを媒介する「場」の創出だった。NoMapsは、その理念を10年かけて実装してきたプロジェクトだと言える。

札幌が持つ公共空間という資産を最大限に活かし、参加障壁を下げながら可能性を広げていく。この設計思想こそが、次の10年を形づくる羅針盤になるだろう。

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