「挑戦」と「寛容」のカルチャーを創り、“自分たちごと”のうねりがまちや地域のイノベーションとなる

服部 亮太

クリプトン・フューチャー・メディア株式会社 ローカルチーム マネージャー

1979年、北海道江別市生まれ。北海道のスーパーマーケット、東京のレコード会社での勤務を経て、2009年に「札幌の今を伝える」をミッションとしたメディア「Sapporo6h」を立ち上げる。まちの情報をリアルタイムに紹介するSNSやインターネット生中継で注目を集める。
2014年、クリプトン・フューチャー・メディア株式会社に入社。2016年、北海道をはじめとする地域案件を担うローカルチームのマネージャーに就任。NoMapsは構想期~立ち上げから10年間以上運営に関わり、「NoMaps CONFERENCE」などさまざまな企画を取りまとめ、規模を拡大させてきた。

記事のハイライト

  • 東京ではなく「北海道だからできる」。NoMapsが担う「挑戦の入口」

  • カオスを貫くことで生まれた新たなNoMapsの在り方

  • 10年を経て「自分たちごと」が地域のイノベーションにつながる瞬間


東京ではなく「北海道だからできる」。NoMapsが担う「挑戦の入口」

NoMapsを立ち上げた当初、北海道にはどんな課題があり、どういう役割を果たそうと思っていましたか?

私は北海道生まれで、人生のほとんどを北海道で過ごしていますが、人口減少が進む中でどうしても情報やチャンスは東京に集まりやすく、比較すると人とのつながり生まれにくいという状況を実感しながら生きてきました。だからこそ立ち上げ当初から、「東京でないとできない」のではなく「北海道でこんなことができる」と言える環境をどうつくれるのかを考え、実践してきたつもりです。

もう一つは「挑戦しづらい」という閉塞感への問題意識です。私も若いころに経験しましたが「出る杭は打たれる」といった社会の空気に対して、「チャレンジしていい」「挑戦や失敗こそがこれからの未来をつくっていくという」という寛容な考え方でありたいと思っていました。

そのうえでNoMapsという場がどうあるべきかを考え、「誰かに任せるのではなく、自ら一歩踏み出し、ともによりよい社会をつくる」といった前向きな挑戦の場としての役割を果たしたいと思い、今日に至ります。

NoMaps2017 CONFERENCE

NoMapsのカンファレンスを取りまとめてきて、見えてきた希望と課題を教えてください。

旬なテーマについてゲストを招き、来場者とともに考える場である「カンファレンス」は、初年度は1セッションのみでした。たまたま私がカンファレンスを担当したことをきっかけに、今の「NoMaps CONFERENCE」につながっています。2025年には約50セッション・150人以上のゲストを迎え、多くの協賛社様に支えていただけるまでに成長しています。

ジャンルを限定していない場を求めていただけることは率直に嬉しいです。セッションが同時にさまざまな部屋で実施されている現在の「NoMaps CONFERENCE」は、"知のフェス"をイメージして構築してきました。情報が溢れ、レコメンドに囲まれている今、現時点では知らなくても未来の自分にとって重要になるかもしれない話題やテーマに出会いにくくなっています。そうした「未来の自分」へのきっかけとして、カンファレンスという場が必要とされていることをありがたく感じています。

一方で運営面には課題もあります。立ち上げ当初は自分のマンパワーで何とかしていた反省もあり、現在は一緒に運営する仲間を募っています。ゲストやセッション一つを取っても、誰が関わるかで内容の輪郭は大きく変わります。だからこそ、より若い方をはじめ性別を問わず多様なメンバーとともに運営していきたいと考えています。

カオスを貫くことで生まれた新たなNoMapsの在り方

10年の中で、とりわけ衝撃的だった出来事や転換点はありましたか?

さまざまな出来事が思い浮かびますが、やはりコロナ明けに五十嵐さんがプロデューサーになってからのNoMapsは大きく躍動していて、新しいフェイズに入っていることを実感しています。以前から「全体を把握しきれない」という声はありましたが、そこにさらにアクセルがかかり、いい意味でのカオスが生まれている思います。

さまざまな場所で、さまざまな人の熱気・熱量が「自分たちごと」として自然に立ち上がっている。その状態が、今のNoMapsを形づくっています。

それまでの私は、どちらかといえば「ちゃんと運営する」ことを重視していました。当たり前のことではあるのですが(笑)。しかし、関わる人が一気に増え、見える景色が変わり、これまで陸地を歩いていたはずが、気づけば海に出ていたような感覚になったんです。フィールドそのものが変わった。その体験を40代に入ってからしたこともあり、衝撃はなおさら大きかったですね。

着ぐるみが登壇したカオスなNoMaps2025 CONFERENCE

10年間NoMapsに関わってこられた中で、服部さんご自身にはどんな変化がありましたか?

今でも本当に多くの人が関わっていて、ゲストや関係者を含め、「こんな考え方があるんだ」「こんなにも多様な人がいるんだ」と実感する場面が増えました。そこで交わされる言葉や空気から、自然と影響を受け、自分自身も少しずつアップデートされてきた感覚があります。

結果として、多くの気づきや学びを得てきましたし、もしNoMapsに関わっていなかったらと思うと、少し怖くなるほどです。それくらい、自分にとって価値のある経験になっています。

10年を経て「自分たちごと」が地域のイノベーションにつながる瞬間

10年の活動を経て、NoMapsは地域の社会課題への関与という点で、どんな変化を地域にもたらしたと思いますか?

最も大きな変化は、NoMapsに参加することで、地域・まちを「自分たちごと」として捉え、行動する人たちが集まったことだと思います。この「自分たちごと」という言葉は、お世話になった故・渡辺保志先生の未完の著書『自分たちごとのデザイン』から教わったものです。渡辺先生は函館市出身で、情報デザインの考え方を広め、また自ら地域をフィールドに活動されてきた方です。

先生は2013年、47歳という若さで亡くなられましたが、その未完の原稿を拝見し、地域やまちと「自分たちごと」の関係について考えるようになりました。当時の私は30代前半で、情報発信分野で自主事業を行っていたのですが、より実践に足を踏み入れていかなければ、と考えていたタイミングでもあります。

地域やまちに対して一歩踏み込んで、の受動的な立場から一歩踏み込んで、「自分たちごと」として新たなワクワクを生み出し、課題があれば解決方法を共に探るなどなど、あらゆるNoMapsを通じた積み重ねが、しいては結果的に地域やまちの未来を創り出していると感じています。

NoMaps2025 オープニング交流会

これまで「自分たちごとのデザイン」が実現したと感じることはありましたか?

NoMaps2024の際、カンファレンス会場とミートアップ会場を行き来しながら大通公園を歩いていたときのことです。東西南北を見渡す限り、さまざまな出来事がうねりのように同時に起き、その中をNoMapsのTシャツを着た学生たちが、楽しそうに歩いていました。その光景を見て、今は一人ひとりの行動や実践が「自分たちごと」としてNoMapsをきっかけに集まることで、面白い現象が生まれ、それが地域やまち全体に広がっているのだと感じました。

その年の閉会式だったと思いますが、「私たちのまちは私たちのもの」という呼びかけがあり、ハッとしました。当たり前の言葉に聞こえるかもしれませんが、まちを舞台に自分たちひとりひとりの行動・挑戦を発露していくことで、新たなワクワクするまちの姿になっていく。正にみんなが「自分たちごと」として取り組んできた姿のひとつの成果が、その時ハッキリと見えたんです。それは誰かがしてくれたことではなく、参加したみんながつくりあげたものだったと思います。

地域イノベーションを目指す次なる世代へ、メッセージをお願いします。

まずは、参加してほしいですね。ぜひ、一歩踏み出してみてください。NoMapsは、みんなのたくさんの挑戦によって形づくられていると言っても過言ではありません。そして、ここでしかできない挑戦は、地域のイノベーション、そしてみなさん一人ひとりのよりよい未来につながると信じています。

インタビューを終えて

誰かが正解を用意するのではなく、関わる人の熱量が自然に立ち上がり、街の風景にまで滲み出していく。NoMapsがつくってきたのは、そんな挑戦の入口であり、未来を自分たちごととして捉えていくための場なのだと思います。



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