メディアアーツ都市・札幌を形作る10年ー幾度も紡いだ小さな一歩ー
佐野 和哉
株式会社トーチ 代表
1991年生まれ、北海道遠軽町出身。大手広告代理店などを経て、2020年に北海道札幌市にて株式会社トーチを設立。「どこに住んでいても、つくってゆかいに暮らす」という目標を掲げて、ライティングスキルとテクノロジーアートの知見を軸に、企画や編集、マーケティング支援、制作プロデュースなどの活動をしている。

記事のハイライト
10年間やり続けることの大切さ、小さな積み重ねが地域貢献の礎に
広がりつづけるNoMapsの輪とそれぞれの物語
産業に寄り添うアートとテクノロジーがつくる景色
10年間やり続けることの大切さ、小さな積み重ねが地域貢献の礎に
NoMapsに関わり始めたきっかけを教えてください。
2018年にトークイベントのゲストとして呼んでいただいたことが、最初のきっかけでした。
翌年からは運営にも少しずつ関わるようになり、札幌に拠点を移した2020年からは実行委員として活動しています。
NoMapsが地域の社会課題に対して果たしてきた役割ともたらした変化は何だと思いますか?
当時の札幌に比べて、つくり手が増えた。そして「つくり手を支える環境」が整備されたように感じています。
メディアアーツ都市・札幌が語られ始めたころ、NoMapsや札幌国際芸術祭が生まれました。両者が相互的に作用して、「自ら積極的に新しい取り組みを起こす」という意味での作り手の増加や作り手を支える環境が形作られたのではないかと思っています。
10年の間にコロナ禍などの影響を受け、メディアアーツやエンターテイメント領域を取り巻く環境も大きく変わりました。外部要因による変化もあったと思いますし、NoMapsが意図したこと・意図していなかったこともあると思いますが、それでもNoMapsがさまざまな角度から「つくり手を増やす」「つくり手を支える」という面で寄与した部分は大きかったのではないでしょうか。
NoMapsの活動を通して、ご自身にはどんな変化がありましたか?
「10年間やり続けることの大切さ」について気付かされましたね。
実行委員になる前の2018〜2019年ごろの話になりますが、まだ東京とオホーツクを活動拠点にしていたにも関わらず、1週間ほど札幌に滞在してNoMapsで使用する全会場を回ったり、SNS投稿やライブ配信を毎日行ったりしていたことがありました。今思えば、予算もゼロの中でけっこう頑張っていたなと思いますが、当時はだれかに届いている感覚はほとんどありませんでした。
ですが、振り返ってみると、そうした小さな活動を積み重ねてきたことが、NoMapsの活動の広がりにつながってきたんじゃないかと感じています。
それは自分だけではなく、NoMapsに関わってきた何百人、何千人という人たちの行動が10年分重なって、今の景色になっている。
10年間関わらせてもらったことで、できることをできる形で継続していくことが重要だという気づきを得ることができた。本当にありがたいことだと感じています。
NoMapsにおいて「ビジネス」と「地域貢献」の両立についてはどうお考えでしょうか?
直接的にお金を稼ぐ目的でNoMapsに投資している人は、あまりいないと思います。多くの人は地域貢献のつもりで関わってきたはず。
もちろん、積極的に利益を回収しようと思えば、できる要素はあったのかもしれません。ただ自分自身も札幌での体制が整ってきたタイミングでNoMapsを経由した繋がりがぐっと増えた。
これはNomapsに関わり続けることでしか生まれなかった財産です。直接的に個人の利益になったわけではないですが、活動に大きく影響を与えてくれたと感じています。

広がりつづけるNoMapsの輪とそれぞれの物語
10年間のNoMaps活動を通して、変化したなと感じる点はありますか?
3年目の頃、たしか2018年だったと思いますが、狸小路でメディアアーツに関する企画展示を担当しました。今思えば、僕とメディアアーツに興味のある大学生くらいしか関わりしろがなかったように思います。そのときはそれ以上人を巻き込んだり、大きな活動にする方法もあまりなかった。
それが今ではテーマやカテゴリーが増え、それぞれの運営チームで動いています。関連することであれば自分で企画・提案もできるように。範囲が広がったことで、関わりしろが増えてきている。
また運営チームも若い世代が増えて主体的に活動してくれるので、自分が頑張って手を動かす必要性がなくなってきたなと、変化を感じていますね。
10年間のなかで感動した光景やエピソードあれば教えてください。
自分がNoMapsで「直接的に大きく貢献できた」と言える部分は、あまり多くない気がしています。個人的には、規模や対象が大きく広いことよりも、小さくても具体的なアクションを起こすことに目を向けてきました。
その中で、NoMapsで接点が生まれた人たちと今も接点があり、頑張っている様子を見れるのはとても嬉しいです。ワークショップに参加してくれた人が作り手として活躍していたり、一緒にプロジェクトをやった人が海外で活動を続けていたり。彼ら・彼女らの何かしらのきっかけになれたなら、やってよかったなと。
NoMapsに関わったことでだれかの人生が良い方向に進んだ、ということはたくさんあるんじゃないかなと思います。
産業に寄り添うアートテクノロジーがつくる景色
NoMapsは次の10年へと向かっていきます。これからNoMapsで挑戦したいことはありますか。
個人的に強く関心がある「メディアアーツ」の分野に力を入れたいと思っています。アートとテクノロジーにまつわるコミュニケーション、そしてクリエイターの支援などの環境づくりをNoMapsを通じて広げていきたいですね。
NoMapsが当初掲げていたビジョンにも近く、相性もいいので今後10年かけてでもやっていく意味があると自分の中では感じています。
一般的には、「メディアアート」というのはアートと産業の中間にあるように思われることもありますが、札幌市が描く「メディアアーツ」というのは札幌市が独自に使っている言葉で、少し産業寄りなんです。
自分がやってきたことも、アートというよりは産業に近い領域が多かった。だからこそ、札幌市のメディアアーツと重なる部分がある。自分の経験をいい形で活かしていけたらと思っています。
「メディアアート」と言われると、光や音を想像をする方も多いですが、札幌の事例でいうと雪捨て場だった大通り公園で雪像をつくりはじめた「札幌雪まつり」も「メディアアーツ」にあたる、と伊藤さんも話していました(参考:伊藤博之氏 インタビュー記事)。そう考えると、NoMapsは最高の実験場かもしれません。

これからの未来、NoMapsの活動を次の10年へつなぐために。「未来の参加者や、まだ関わっていない人々を育む動線」をどう設計し、何を伝えたいとお考えですか。
10年間実績を残してきたからこそ、続けられている。
経済的に自立し、自走する状態になった。若い世代が関われる余白ができた。地元企業も積極的に参加してくれるようになった。
それでも「参加しにくい」「何をやっているのか分かりにくい」と言われることは、まだあります。その言葉にこれから向き合っていく必要があるかもしれません。
個人的には、「札幌で新しい取り組みを始める人を増やす」ということが、伊藤さんたちをはじめNoMapsがずっと掲げてきたことだと思っているので、その方向性をしっかり強くして、NoMapsに関わる人や取り組みが広がっていくことを考えていきたいと思っています。
NoMapsの未来の参加者に向けて、メッセージをお願いします。
「未来」という主語は大きすぎるかもしれないですが、未来と自分たちは「地続き」にあるものだと思っています。自分たちが何もしなければ、先のことが良くなることはない。自分でやれることは自分でやる。周りと一緒にやれることなら、一緒に取り組む。
新しいアクションを起こす人に対して、NoMapsはこれからも前向きであり続けるはずです。そういう人たちにとって、サポートとなる場所であってほしいと僕自身も願っています。
今までの10年間の積み重ねが、今の状況をつくってくれた。今やっていることも次の世代へちゃんとつながっていくということを信じてやっていくしかない。
無理せず続けていける形で、アクションを起こし続ける。みんながそれぞれのやり方で未来を作っていけたらいいと思います。
インタビューを終えて
現在のNoMapsの景色は、関わった沢山の人々の想い、行動の上に成り立っている。
この10年でNoMapsの在り方が変容したように、これからも関わりしろを増やし、多様な人が関わることでNoMapsはまだ見ぬ景色の起点となるだろう。
10年という節目のタイミングで、これまでの軌跡を振り返り、また次の10年に向けた活力としていきたい。
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